おとのほそみち

行きかふ歌も又旅人也



山下達郎サンデーソングブック 2020年2月9日「スコット・ウォーカー特集 PART 3」書き起こし

 


達郎氏による曲の解説部分を書き起こしています。インフォメーションやリスナーからのメッセージは割愛しています。 ネットに音源があるものは張り付けていますが、オンエアされた音源とは異なる場合が多々あります。

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1. THE PLAGUE / SCOTT WALKER '67
2. NO REGRETS / THE WALKER BROTHERS '76
3. NIGHT FLIGHTS / THE WALKER BROTHERS '78
4. TRACK THREE / SCOTT WALKER "CLIMATE OF HUNTER" '84
5. MAN FROM RENO / SCOTT WALKER "TOXIC AFFAIR" '93
6. FARMER IN THE CITY / SCOTT WALKER "TILT" '95
7. I THREW IT ALL AWAY / SCOTT WALKER "TO HAVE AND TO HOLD" '96
8. RUN / SCOTT WALKER "THE CHILDHOOD

 

 

ここんとこ、ずっと続いておりますスコット・ウォーカー特集、いよいよパート3でございます。
佳境に入ってくると、申し上げたいところですが、だんだんダークになってきますね。私の手に負えなくなってきます(笑)

本日はスコット・ウォーカーの70年代中期、ウォーカー・ブラザース再結成から、長い隠遁を経まして、80年代、90年代へつながっていきます。
そこまではちょっと届かないかなっていう感じですけども。
だいたいの、そうしたアバンギャルドなシーンの中での活動は、おさえられたのではないかという感じでございます。

で、今日のスコット・ウォーカーのカルト的な評価というのは、だいたいイギリスを中心としたヨーロッパのサブカルチャー系のシンパシーがほとんどなんですけど、私はどっちかというとミドル・オブ・ザ・ロード系ですので(笑)
60年代のウォーカーブラザースにおけるそうしたポップヒットのインパクトなしにはスコット・ウォーカーは語れないという。

そうしたアバンギャルドな中でも、なるべく聴きやすいものを選曲してみました。
ですので、一般的なこの時代の、90年代から2000年代のスコット・ウォーカーの、いわゆるファンの人の選曲とは若干違います。
それは、60年代から聴いてきた人間にとっての評価でございますので、そのへんはご理解いただきたいと思います。

というわけで、御託が多いんですけども、すいません(笑)
スコット・ウォーカー特集パート3でございます。
こーんなにやったの、あんまりありませんね、ひとの特集で。
ジェイムス・ブラウンだって、こんなにやりません。
本日も、自分の曲もかけないでスコット・ウォーカーに没入している特集でございます。

 
パート1、パート2をお聴きいただいた皆様には、もうおわかりと思いますけれども、ウォーカーブラザースとしてイギリスに渡りまして、爆発的と言っていいブレイクをします。
なんつったってイケメンですからね。スタイルもいいですし。
そいで歌が何よりも、唯一無二といってもいい声質でございますので、熱狂的な女性ファンを獲得したんです。
そのことで、自分の中での創造性とのギャップっていいましょうか、そういうのに非常に悩んだというですね。
それがスコット・ウォーカーの人生だったと思います。

先週のパート2をお聴きいただければわかります通り、70年代に入るころから、そうしたアイドル的な活動に、だんだん嫌気がさしてきまして、もっとヨーロッパ的なものを取り入れたいという。
あと、自分で作品を作りたい。そういう意欲が出てきましてですね。
そういう萌芽が、実は60年代の終わりから見えておりました。

先週お聴きいただきましたソロ・アルバムの「スコット2」からのシングルカットでヒットいたしました「ジャッキー」という、ジャック・ブレルのカバーでございますけれども、このシングル盤のB面に入っていたのが、スコット・ウォーカー作詞作曲の「プレイグ」、ペストという曲です。
カミュの作品からインスパイアされたという、これが1967年の作品ですので、もうそうした80年代、90年代、そうしたアバンギャルドなものに対する萌芽がですね、このときにすでに表れております。
ノット・オン・アルバムの1曲。

THE PLAGUE / SCOTT WALKER

 うしろのディストーションのギターとかですね、ドラムのあれとか、そうとう細かく要求したというエピソードでございます。
ちなみにこの「プレイグ」という曲はですね、86年にマーク・アーモンドがカバーしております。そういったところでカルトな人気があります。


当時のスコット・ウォーカーは、本当にヨーロッパ文明に耽溺したと。
インタビューを見てみますと、この特集をやるので、いろいろインタビューをみたんですけど、ロシア文化にかなり造詣が深いということがわかりました。
そんなこと、昔は全く気付きもしませんでしたけども。

「スコット4」という69年のアルバム、この中に「The Old Man's Back Again」という、これも今は結構カルトな人気がある曲なんですけども、スターリンを歌った歌なんです。
この中に名前が出てくるのがアンドレイ・ヴォズネセンスキーという、ロシアの詩人でありまして、日本で加藤登紀子さんが歌ってた「百万本のバラ」を作った人であります。
ロシアのスターリン時代からスターリン批判になって、フルシチョフの時代に、雪解けといわれる時代に出てきた詩人なんですけど、このアンドレイ・ヴォズネセンスキーとかですね、エフゲニー・エフトゥシェンコという人がいまして。
この人は「バビ・ヤール」という有名な詩がありまして、これをショスタコービッチがシンフォニーにしてやったんです。
「バビ・ヤール」ってのは、ロシアにあったナチの、ユダヤ人の収容所のエピソードなんです。
これをもとにショスタコービッチがシンフォニー書いたりしましてですね、そうした時代の、そうしたロシアの詩人とかに、非常に耽溺していたという。
ソルジェニーツィンはほとんど読んでいたという、そういうインタビューがあります。
私、このヴォズネセンスキーの詩を持っていましてですで(笑)押し入れから引っ張り出して久しぶりに読んだんですけども。
そういわれてみると、スコット・ウォーカーの詩がですね、こういうところからきているっていうのが、なるほどなっていう。
なかなか、おもしろい話で。
これちょっと話すと長くなるので、また機会がありましたらという感じなんですけども。
それじゃあ、やっぱりウォーカーブラザースのポップワールドとは相容れないなという感じでありまして、どんどんどんどん、そういうとこにはまっていったんですよね。
で、70年代の初期のアルバムっていうのは、むしろアメリカのソングライターの曲とかをやらされて嫌だっていう、そういう感じがありまして。
売り上げが落ちてきたので、そこで昔のメンバーと一緒にウォーカーブラザースを再結成します。
1976年の話なんですけども。
そこで出しましたシングルが、全英7位というヒットになります。
アルバムも出ることになります。1976年の話ですが。
アルバムタイトルと同じタイトルのシングルヒット「No Regrets」

NO REGRETS / THE WALKER BROTHERS

 これがシングルヒットしました。
アルバムはチャートに入っていませんが、それでも同じ年に立て続けに『Lines』というアルバムが出まして、こちらからもシングルが出るんですが、これはチャートに入りません。
今から聞くと、イギリス録音ですが、ちょっとアメリカンサウンドなアルバムになっております。

この再結成ウォーカー・ブラザーズ、1978年にもう一枚アルバムを出します。
いずれもスコット・ウォーカーのプロデュースですので、選曲も彼の意見が大幅に出てると思われますけれども、この78年の『NIGHT FLIGHTS』、このアルバムが後の'80年代、'90年代のアヴァンギャルドなスコット・ウォーカーの萌芽といっていいようなものです。
これは今は非常に評価が高いアルバムで、この中からシングルカットされた曲、これは1993年にデヴィット・ボウイがカヴァーすることになります。
デヴィッド・ボウイはスコット・ウォーカーの信望者として知られています。
ウォーカー・ブラザーズ名義ですが、スコット・ウォーカーらしい、1978年の「Nite Flights」

NIGHT FLIGHTS / THE WALKER BROTHERS

 もうこの頃は完全にメンバーが隔離してますので、ジョン・ウォーカーの歌う曲、スコット・ウォーカーの歌う曲、それからゲイリー・ウォーカーの歌う曲、そういう具合にはっきり分かれてしまいました。
要するに、ここの3週間、何度も申し上げておりますけれども、いわゆるスーパースターの自分の中でのイメージギャップとの闘いと言いましょうかですね、そういう感じでございます。
ですので、日本で一番近似な人といいますと、沢田研二さんかなと思われますけれども。

このあと、結局ウォーカー・ブラザースは分解してしまいまして、スコット・ウォーカーは、また長い隠遁生活に入ります。
で、1984年にですねソロアルバムを出しますが、そこから強力なダーク・ワールドが展開されるわけでございます。

 

1984年に、久しぶりの、約10年ぶりのソロアルバムが発表になります。
『Climate of Hunter』というタイトルの、ヴァージンから出たやつですけど、もう何て言いましょうか、ダークな世界であります。
この中から比較的わかりやすいやつ。
なんといっても、タイトルも
トラック3
トラック5
トラック6
トラック7
そういうようなものでございます。
この中から「トラック3」

TRACK THREE / SCOTT WALKER

 全然違う人の音楽に感じるかと思いきや、ちゃんとスコット・ウォーカーの気なんですね。
トラックもグルーヴしておりますし。
80年代に入るころからスコット・ウォーカーの再評価みたいなことがですね、スコット・ウォーカーの作品のコンピレーションとか、そういうものが出てきておりまして、そういう流れのなかで、ぽつぽつ仕事はしていたみたいなんです。
1992年にウォーカー・ブラザースとスコット・ウォーカーのコンピレーションCDがイギリスで出まして、これが全英4位というヒットになります。
そういう意味では再評価なんですけども。
ビーチボーイズの「オール・サマー・ロング」とよく似ている感じがするんですけども。

そんな中で1993年にフランス映画の「可愛いだけじゃダメかしら」という邦題で、イザベル・アジャーニ主演の映画ですが、これのサウンドトラックのために歌を要請されます。
ゴラン・ブレゴヴィッチというサラエボ出身の映画音楽の作曲家ですけども、この人の作曲でスコット・ウォーカーの作詞した作品がサウンドトラックに収録されることになりました。
1993年、オリジナルサウンドトラックから「Man From Reno」

MAN FROM RENO / SCOTT WALKER

 この特集やるので、VHSを中古で買ってきまして、DVD出てないんです。日本語の字幕のは。
変な映画でしたね。イザベル・アジャーニじゃないと成立しないような(笑)
でもちゃんとスコット・ウォーカーが映画の中で歌っております。

こんなようなことをしつつ、1995年に前作から11年ぶりというアルバムが出ます。
『Tilt』という、この中から、今日は一番わかりやすいやつ、いちばん有名でもありますが。

FARMER IN THE CITY / SCOTT WALKER

 Remembering Pasoliniという副題がついています。イタリアの映画監督パゾリーニに捧げられた歌です。

6分ちょっとで長いですが、全部かけないと意味がないので。訳詞を申し上げたいのですが時間がない。

そろそろ時間がなくなってきまして、2000年代までいけません(笑)

このあとまた10年ちょっと経ちまして『THE DRIFT』というアルバムを出すんですけど、そこまでいけません(笑)

90年代の中頃で終わってしまいますけれど、でもアバンギャルドなやつで一辺倒かというとそうでもない。

さきほどのサントラの曲もそうですが、1996年に、これも映画ですが、『TO HAVE AND TO HOLD』という映画で、ニック・ケイヴが音楽を担当してるんですが、このニック・ケイヴの要請でなんとボブ・ディランのカヴァーを歌っています。

このオリジナルサウンドトラックで、ボブ・ディランのアルバム『NASHVILLE SKYLINE』に入っております「I THREW IT ALL AWAY」をスコット・ウォーカーが歌っています。ですので歌うことには、それほどの頑なさはないんだということがよくわかるようなトラックです。

I THREW IT ALL AWAY / SCOTT WALKER

 たぶんこの時代になると、自分のアヴァンギャルドなものに対する評価がわりと確定してきたので、こういう少しリラックスしたものでもいいやという、そういう許容度が増したという感じもします。
で、自分の作品はあいかわらずすごくアヴァンギャルドで、1999年にレオス・カラックスの映画『ポーラX』のサントラとか、割とサウンドトラックに精力的なものがあります。
2006年に最後のオリジナル・アルバムになる『THE DRIFT』という、これもすごいアヴァンギャルドなアルバムですが、ここまで今日は届きませんでした。

また機会があれば、と申し上げたいところですが、たぶん、こういうような特集は二度とできないと思います。
この特集をやってる中で、お便りをたくさんいただきまして、リクエストもそうなんですけども、やはりウォーカーブラザース時代からのスコット・ウォーカーのファンの方っていうのは、ほんとに女性の方中心にですね、命かけてる方、たくさんいらっしゃいまして。
今回も、そうしたネットのブログでありますとか、そういうものを、ほんとに参考にあせていただきました。
ほんとに好きな方々はですね、そういう思いを込めて書かれた文章なので、ものすごく参考になりました(笑)
この場を借りて、すべてお礼を申し上げられませんけれども、お礼申し上げます。

ですので、たくさんリクエストいただいてますので、何週間か経ちましたら、ウォーカー・ブラザース、スコット・ウォーカーのリクエストにお応えしてですね、もう1週間やろうかなかぁ、なんて思っております。

評伝、インタビュー、いろいろなものが書かれておりますけれども、50年もたってきますと、割とカルトな人なので、どこまでほんとかわからない、そういうようなこともあります。
当時の音楽雑誌には、素行が悪かったとか、そういうものが書いてありますし、さきほども申し上げましたみたいに、今の評価のほとんどは、割とヨーロッパ、イギリスのサブカルチャーからの評価でありまして。
でも、これも再三申し上げますけれども、60年代のウォーカーブラザースのポップヒットのそうした実績なしには、その後のスコット・ウォーカーは語れません。
私は、ミドル・オブ・ザ・ロードの人間から、そういう考え方に基づきまして3週間特集をやらせていただきました。

歌唱表現と創作意欲とのギャップといいましょうか、歌が上手い人で、ルックスもいいしですね、トップスターなんですけど、自分の中の創作意欲はそういうものではないギャップ、そういうものを感じていただければと思います。

言い忘れていたことがありますが、これもスコット・ウォーカーの変人ぶりを物語るあれなんですけども、どこまでほんとかわかりませんが。
スコット・ウォーカーという人はですね、自分がレコーディングした作品を二度と聴かないそうなんです。
ですので、昔の作品は覚えてないとか、そういう発言がありまして、不思議です。
そんなわけで、尻切れトンボですみませんが、10年ほど残してしまいましたけど、今日の最後は、これもオリジナル・サウンド・トラックですけれども、2016年の映画『The Childhood of a Leader』、日本題は「シークレット・オブ・モンスター」
サルトルの短編小説を原作に作られた映画のサウンドトラックなんですけど、これ全面インストルメンタルであります。歌、ありません。
それでもスコット・ウォーカーのクレジットでございます。
この中から、とっても短いんですけども、きれいな曲を1曲最後にお聴きいただきたいと思います。
私、最近買ったCDの中で、最もストリングスがいい音しているCDでありました(笑)
素晴らしいレコーディングであります。
てなわけで、3週間にわたりましたスコット・ウォーカー特集、ご清聴ありがとうございました。

RUN / SCOTT WALKER

 

<この項おわり>