番組中のトークを部分的に書き起こしています。

1. 新・東京ラプソディー
2. GET BACK IN LOVE
3. THE GIRL IN WHITE
4. 寒い夏
5. 踊ろよ、フィッシュ
6. RUMINESENCE
7. マーマレード・グッドバイ
8. 蒼氓
9. 僕の中の少年
9月、今週の水曜日24日に、1988年に私が出しました『僕の中の少年』、このアルバムが、アナログとカセットで再発をいたします。
ので、今週は、今から37年前の私35歳の時の作品ですが、このアルバムの思い出なんかを語らせていただきつつ、ご紹介してまいりたいと思います。
1980年代のこの時期はですね、音楽業界がものすごく、色々とハードもソフトも変わった時期でありまして、そういうものを色々反映した形で作られたアルバムで、私の全作品の中でも一番内省的な、心のことを歌ったアルバムだということができます。
アナログLPからCDへ変わっていく。
アナログレコーディングからデジタルレコーディング変わっていくんですけど、まだそういうのが並存しておりましたので、あくまでそのアナログLPの仕様で、CDも作られてるっていう。
したがってA面、B面、曲順っていうのが厳密に決まっております。
今回は、アナログのLPとかですので、そういうものに順じております。
CDになった時にボーナストラックとか入れましたけど、今回はオリジナル仕様のアナログLPです。
A面の1曲目に入っております「新・東京ラプソディー」と書いて「ネオ・東京ラプソディー」。
新・東京ラプソディー
この時代、私、1980年代の中期からですね、戦前の日本映画に没入しまして、
毎日毎日そういうのをビデオで、ちょうどレンタルビデオが始まった時代ですので、そういう戦前の日本映画のビデオ見てるうちに、戦前の日本の文化というものが、我々が受けてきた教育とちょっと違うんじゃないかという。
そういうようなことを思ってたりしておりました中で藤山一郎さんがヒットさせました、昭和11年、1936年のヒットソング「東京ラプソディ」
古賀政男さんの作曲ですが。
その歌をちょっとオマージュしてみようと思って作ったのが、この「新・東京ラプソディ」。
コーダに東京ラプソディーの、そのオリジナルのものがちょっと入ってきます。メロディがですね。
そういうような、戦前の文化へのオマージュソングという形ですが、銀座の街並を想定して、そういうようなイズム感で作った曲であります。
この『僕の中の少年』というアルバムは私にとってもすごく転換点っていうんでしょうかね。
リゾート・ミュージックの代名詞みたいに言われた「夏だ、海だ、タツローだ」というような時代から脱却しようという「もがき」がですね、前作「ポケットミュージック」から始まりまして。
当然それまでの「For You」とかそういうようなもののファンの方にからは、結構拒否反応があったりしたんですけど。
この『僕の中の少年』の頃から新しいリスナーの層っていうのが入ってきてくれまして、非常にこのアルバムに関してシンパシーを、その時からいただきましたですね。
すごく力づけられて、その後の活動にものすごく力を与えてくれました。
そんな自分の思い出のアルバムでございます。
A面の2曲目に入っておりますのが、いわゆるタイアップソングで、シングルカットされました。
88年の4月にシングルを出しました「GET BACK IN LOVE」。
テレビドラマの海岸物語という、そういう物語の主題歌でありました。
で、あの頃はバブルの全盛期でありまして、ドラマもものすごくこう色々作られまして。
こうした主題歌のタイアップですと、普通脚本とか来るんですけど、1話分の脚本しか来なかった。
結末は?って言ったら、まだ決まってませんって言う(笑)。
そういう大らかな時代だったですね。
結末ないのにどうやって主題歌作るんですか?つって、で、結局この「GET BACK IN LOVE」作りましたら、ストーリーがだんだんこれに沿っていくと。そういうような世界でありました(笑)。
それをすごくよく覚えております。
で、まあ「ライド・オン・タイム」がヒットしまして、ツアーも始まって順調なんですけれど、どうしてもアップテンポで、ヒットソングというかそういうものを求められるんですけど。
私としてはなんかもうちょっとバラードが、もう35ですからですね、もうちょっとしっとりした曲でシングルカットしたいということを言いましたら、ちょうどドラマの主題歌とこのオファーが来まして、書いたこの「GET BACK IN LOVE」が8年ぶりにベスト10ヒットとなりました。
思い出の1曲であります。
今でもステージでしょうっちゅやっております。
余談ですけれども、このう曲はキーがGフラットなんです。
イントロの、難波君の弾いてるこのピアノはですね、簡単そうでめちゃくちゃ難しいんです。実は(笑)。
私、人生で難波君とか坂本龍一君とか、そういう人たちとばっかりやってるんで、みんなペラペラ普通に弾くのでですね、そんなもんだと思ってるんですけども。
実はすごく難しくて弾けない人がいたという、そういうのを、ちょっと思い出しました。
GET BACK IN LOVE
あ、ついでに思い出したと言うと、1曲目の「新・東京ラプソディ」はですね、途中コーダで「東京ラプソディ」入れるんですけども、これ古賀財団というところが権利を持っておりまして、戦前ですので著作権がない時代の権利なので。
目玉飛び出るようなですね、印税要求されるんです。
それを、あの、なだめてですね(笑)。
だから今はもうそういうのがどんどんエスカレートして、本当に洋楽の有名なカタログは文字通り目玉飛び出るような使用料が要求されるので、オリジナルソースがだんだん使えなくなってきて、コマーシャルなんかはオリジナルバージョンじゃなくて誰かがカバーしたバージョンでやるという、そういう世知辛い利権の世の中、余談でございます(笑)
アルバム3曲目。アメリカニュージャージーのアカペラのグループで14カラットソウルという大変に上手なアカペラのグループがいるんですけど。
この人たちにコマーシャルの仕事が来まして。それの曲を書いてほしいと、私のところにオファーが来まして。
私のパートナー、アラン・オデイと共作で書きましたのが「THE GIRL IN WHITE」。
14カラットソウルのバージョンはアカペラですけれども、私のこのセルフカバーはいわゆるコンピューターミュージックであります。
古いドゥーアップのスタイルですけども、こいつをコンピューターミュージックでやるとどうなのかと、そういうような感じであります。
THE GIRL IN WHITE
このアルバムとか『ポケット・ミュージック』の時にいつも申し上げおりますが、コンピューターで演奏するっていう、どっと人力から機械へっていう、そういう時代でもあります。
あとは、録音方式自体がアナログからデジタルに変わっておりまして。
もう一つ大きな流れはMTVの登場であります。
音楽に映像がくっついていくという、その結果だんだん音楽が映像に従属していくという、そういう事態にもなりました。
まあ、今でもそれは続いておりますけれども。
音楽を聴きに来てんのかビジョンを見に来てんのかよくわからないとか、そういうようなことにもなっております。
ま、その話は長くなりますので申し上げませんけれども。
そういうような時代ですので、自分がどういうことやるかということをやっぱりみんな、私に限らずですね、色々考えて、特に音楽をやっぱりメインにするとするとどうするのか、そういうようなことを突きつけられるってそういう時代であります。
ですので、私の場合はより内省的な音楽で、思想、心情というと大げさですけども、そうした物事を考えってみたいなものを音楽に刻むにはどうしたらいいかと、もがいておりました。
今の「THE GIRL IN WHITE」なんかも全部1人でコンピューターの打ち込みからで、シンセの音作りから1人っきりでやっていた時代であります。
ですので本当に個人的な音であります。
そうしたコンピューターで、色々打ち込んで曲を作るというものが、それまでにない発想を生んでくれるという、ま、『ポケット・ミュージック』から、この『僕の中の少年』、この次の『アルチザン』というアルバムもそうなんですけども、そういう新しい発想を生んでくれる、作曲のパターンが少し広がるという、そういうメリットもありました。
そんな中から生まれましたのが、この4曲目にあります「寒い夏」。
ジミー・ウェブみたいな曲を作りたくて作った曲で、今はこういう曲書きませんね、本当に。
60年代から70年代にかけての非常に実験的な時代の匂いがするアレンジです。
これは1人で全部多重録音でドラムから何から自分で演奏して、それに服部克久さんのストリングスを入れていただいたという。
作詞が竹内まりやさんが作ってもらいました。
寒い夏
A面最後、5曲目の、これも87年にシングルカットされました「踊ろよ、フィッシュ」。
これアルバムバージョンとなっておりまして、シングルバージョンとミックス違って、歌詞も少し変えております。
で、「踊ろよ、フィッシュ」はテイクがいくつもありまして、オリジナルのシングルと、この『僕の中の少年』アルバムバージョンと、それからベストアルバム『トレジャーズ』を作った時にやったバージョンと、いくつもバージョンがあります。
どれもミックスが違うのでお楽しみいただけます。オタッキーな話でございました。
踊ろよ、フィッシュ
というわけでB面に参ります。
今クレジットをずっと見てますと、このアルバムは本当に人力と同期がですね、こう、きれいに半々に泣き別れしてるというそんな感じですが。
コンピューターミュージックは全く一人でやっておりますし、人力の方は当時のメンバー青山純、伊藤広規、難波弘之、4人レコーディングでやっております。
B面の1曲目のこの曲が一番そういう意味で実験的な1曲であります。
朝の4時に犬の散歩しておりましたら、真夏なのにオリオン座が見えまして、当たり前ですけど、それで驚いて思いついた歌であります。
小学生の頃、星を見るのも好きで、プラネタリウムの会員なんかやっておりましたので、そういうようなことを思い出しつつ「オリオンは西に沈んだ」と、そういうような歌であります。
RUMINESENCE
今聴くとこれ結構ミニマルっていうか、くどい、しつこい(笑)
これ、ベースだけ伊藤広規さんがやってるんですけどね。久しぶりに聴きました。
これミックスする時に、おもちゃのプラネタリウムをスタジオに持ち込んで、わぁと星回しながらやってるんですけど。
そういうようなことを思い出したりしました。
アルバムB面の2曲目はこのサンソンでもよくかけておりますが「マーマレイド・グッドバイ」。
昔から、私のお客さんには人気の高い1曲でございます。
ですのでたくさんリクエストがいただいております。
マーマレード・グッドバイ
これもサンソンでかけるたびに申し上げおりますけれども、ライブでの演奏を何回かトライしたんですけど、これすっごい難しくてですね、未だにできておりません。
そういう曲が何曲かありますが。
で、3曲目はおなじみの「蒼氓」でありますが。
もうこれも語り尽くしておりますので、詳しくはですね、ライナーノーツご覧いただければと思いますが。
蒼氓
これも度々申し上げきましたけれども、この頃になりますとだんだんこうレコーディングの体制とかも整ってきまして、ツアーもコンスタントにできておりますと、まあ9枚目の アルバムでありますので、どういうような曲を作るかという中で、自分の思想・心情といいましょうか、やっぱり歌にそういう思いを込めてみたいという、そういう欲求が出てきます。
ちょうど30代の半ばでありますので、いろいろ物の考え方とも変わっていきまして、いわゆる若者が中年に変わっていく、そういうような端境期でありますので。
元々私は、交通事故でミュージシャンになった人間なので、別に音楽家になりたいとかそういうような熱烈な欲求でなったわけでもないので。
あまり名声とかそういうものには興味がありません。
今でもそうですけれど(笑)。
そういう意味では、なんて言うんでしょうか、こう匿名性とか無名性とか、世の中で真面目に働いて生きている人たちの、そうしたような心情っていうものに共感があります。
そういうような心情を歌にしてみたいと思って作ったのはこの「蒼氓」という曲でありまして。
ですので、まあ、音楽的な基礎ではゴスペルソングみたいなものを作りたいと思って作ったんですけども。
私の父親にこれを聴かせましたら「なんかお経みたいな歌だな」って言われましたですね。
それはよく覚えておりますけれども(笑)
それでコーダのユニゾンのコーラスは、桑田佳祐さんと原由子さんと、竹内まりやさんと私と4人でやっております。
そうしたユニゾンのコーラスでも桑田君の声は抜けるんです(笑)。
すぐわかる。聴いて。
そういうようなやっぱり華があるというか、そういうものであります。
お陰様で今でもこの「蒼氓」もライブで、コンスタントに演奏させてもらってます。
いよいよ最後の、B面の最後、タイトルソングの『僕の中の少年』という。
30歳の半ばになりますと、我々の世代で有名な言葉ですが<モラトリアム>って、ま、今回の『オノマトペISLAND」にも出てきますけれども、大人になれないっていうそういうような心象っていうのがモラトリアム世代なんて言われておりましたけれども。
でもさすがに年を取ってくるとそうも言われなくなってきて、特に子供ができますと、みんなそういうところで意識の変化っていうのも否応なしに出てきます。
そうしたところで自分のティーンエイジャーから20代、そして30代に入ってきて、どんどん自分の中の少年性というものが失われていくという、そういうようなものをネガティブに捉えるか、もうちょっと前向きに捉えるか、そういうようなこともやはり私に限らずみんな考えるわけであります。
ま、「さよなら夏の日」なんて多分同じようなテーマですけれど。
そういうようなことを考えて、非常に抽象的な、超現実的な形で歌にしたのがこの『僕の中の少年』というラストソングであります。
これを アルバムタイトルにもしました。
演奏もコンピューターも音作りも全部一人っきりでやっているという
ま、異色中の異色という、個人的な内省的な曲であります。
僕の中の少年
というわけで、ご清聴ありがとうございました。
24日、再発されます。
アルバム『僕の中の少年』、全9曲、お聴きをいただきました。