1986年3月にリリースされた本田美奈子のライブ盤「ザ・ヴァージン・コンサート IN BUDOKANライヴ」。
彼女がデビューした年(1985年)の記念すべき武道館コンサートを収めたものだ。
その冒頭を飾るのは自身の曲ではない。
フレディ・マーキュリーの「I was born to love you」。
本田美奈子は、それほどのクイーンの熱烈なファンだった。
レーベルが同じEMIという縁もあって、クイーンのブライアン・メイにこのアルバムを送るなどして、本田美奈子の曲づくりを依頼する。
当時のクイーンはまさに人気の絶頂期。
1985年、リオデジャネイロでのライブでは、2日で観客動員数60万人という途方もない記録を打ち立てている。
本田美奈子はイギリスから遠く離れた日本の、デビューしたばかりの歌手。
ぶっちゃけダメモトの依頼である。
しかしブライアンから何とOKの返事が来る。「かわいくて歌がうまい」と。
「1986年のマリリン」がヒットしたその年、1986年の夏に「CRAZY NIGHTS」と「GOLDEN DAYS」の2曲をブライアンが作り、秋に本田美奈子がロンドンに行ってレコーディングした。
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当然のことだが、「CRAZY NIGHTS」と「GOLDEN DAYS」にもブライアンらしいアイデアやフレーズが随所にちりばめられている。
それにしても本田美奈子、歌がうまい。
ちなみにオリジナルの詞はブライアンなのだが、日本語詞は秋元康。
秋元という人はいったいどんだけ仕事をしてるんだと思うが、このころはまだ駆け出しだ。
本田美奈子はアイドルとして成功したのち、ミュージカル女優として活躍。クラシックにも挑戦するなど活動の幅を広げた。
しかし2005年、病魔に倒れ白血病のため他界する。享年38という若さだった。
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話は続く。
2008年、本田美奈子の新作「Eternal Harmony」がリリースされる。
日本のクラシック界を代表する音楽プロデューサーで、本田美奈子をクラシックの世界に導いた岡野博行の思いから誕生したアルバムだ。
彼女が遺した歌そのものを、できるだけシンプルな形で聴かせるのがコンセプト。彼女の歌の音源に、新しいバックトラックの演奏を加えて曲を仕上げていった。
その過程で、ブライアン・メイへ参加を打診した。「できればどれかの曲でギターを弾いてくれないか」と。もちろん無理を承知での依頼だ。
驚いたことに、その日のうちにブライアン・メイから返事が来る。
「美奈子のために、何かできたらと思う」
そしてブライアンが参加した「アメイジング・グレイス」が完成。
「Eternal Harmony」にスペシャル・トリビュート・トラックとして収められた。
美奈子とブライアンとの“共演”が、ここにまた実現したのだ。
この記事は以下のサイトを参照させていただいた。
#この項おわり
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